yu-1513の日記

24歳、軽度ADHDと聴覚処理障害。念のため記事の内容にはフェイクを入れてますが悪しからず。

発達障害を抱えた私が看護師をやめて性風俗業界に戻った話

わたしは目立って落ち着きのない子供だった。

 授業中にじっと座っていられず突然立って歩き出したり、喋ってはいけない場面でも黙っていられなかったり、後先考えない衝動的な行動が多く怪我が絶えなかったりなど、明らかに発達障害のひとつであるADHD注意欠陥多動性障害)の特性があった。

 また、わたしは耳から入ってくる情報に弱く、聞き間違いや聞き落としが異常に多かった。これはのちに、発達障害に合併することが多い聴覚情報処理障害が原因と分かることになる。

 高校卒業と同時に田舎を出て、比較的都市部にある看護系大学に進学した。

大学1年生の夏、学費や生活費等の事情から止むを得ず性風俗の世界に飛び込んだ。それから看護学生をしながら性風俗業で働く生活が続いた。

大学4年生の終わり、無事に卒業も決まって看護師の国家試験にも合格し、もう二度とこの世界には戻るまいという気持ちで性風俗店をやめた。

社会人1年目、精神科病院に入職し閉鎖病棟に配属された。発達障害を抱えながらも健常者のフリし看護師として働く日々がはじまった。

 大人になるにつれて多動性や衝動性はだいぶ落ち着いてきた現在の私は、発達障害といってもグレーゾーンから軽度の部類だと思う。しかし聴覚情報処理障害は残っており、いまだ仕事に支障を感じている。

看護師として働くことに何度も限界を感じた。

音はちゃんと聞こえているのに、内容が瞬時に把握できない。急に言われた言葉は一部しか聞き取れないのが大半だし、まわりに雑音が多いと人の声が雑音と混ざって呪文に聴こえてくる。

全身全霊で集中して聴きとろうとしても聞き落とし、聞き間違いがぽろぽろ出てくる。さらにワーキングメモリが小さく聞き取ったことをメモする前に忘れてしまう。

急性期の精神症状の重い患者さんも多く、暴力や身体拘束が日常のドタバタした雰囲気の病棟で、何度も聞き返すとあからさまに苛立った顔をされることや怒鳴られることも多かった。

聴き取れない悔しさ、それを周りから「聞く気ある?」と誤解される悔しさ。

慌ただしい現場でイライラされるのは仕方ないと思う。わたしもせっかちな性分なので、イライラする気持ちはとてもわかる。元職場の人たちを責める気持ちにはなれない。

 

 最近、知人の言葉ですごく共感した言葉がある。

「職場が医療現場だったら、発達障害とか精神障害に理解があるのでは?と思われがちだけど、実際は発達障害精神障害についての知識は多少あれど、『自分たちとは違う』と一線を引いて接するから、一般社会よりも風当たりは厳しい。」

すべての医療現場がそうとは思わないが、少なくとも自分のいた職場もそんな雰囲気だった。

 

 それに加えて精神科看護の難しさが、仕事の辛さに拍車をかけた。患者さんからの暴言や暴力。自傷行為、ときに自殺未遂。

 患者の自傷行為が止まないとき、死にたいという訴えを聴き続けているときなどは、感情的に持っていかれそうになることが何度もあった。

少しずつ自分がおかしくなっていった。気づいたらタバコがやめられなくなっていった。これまで食べることが大好きだったのに、ごはんを食べる作業自体が段々面倒臭くなっていった。息苦しい感覚によく襲われた。

 社会人2年目の春、これ以上ここにいたら自分は壊れると思い、ようやく退職に至った。退職を考え出してから、退職に至るまでに半年以上かかった。

 これまで発達障害を抱えながらも、並々ならぬ努力によって社会人1年目の終わりまでは何とか、不登校や浪人や留年や中退をすることなく少なくとも経歴上は敷かれたレールに沿った人生をストレートにやってきたので、そこから外れるのが不安だったからだ。

自分自身のしょうもないプライドもあったと思う。でも実際にやめてみたら、どうもなかった。むしろもっと早く辞めていたら良かった。

これ以上あの状況が続いていたら、自分も精神疾患を発症していたかもしれない。

 

 そして看護師を辞めた24歳の春、もう二度と戻るまいと誓って辞めたはずの性風俗業界に戻ってしまった。再び夜の世界に戻ることに関しては、色々な葛藤があったけれど、その辺は長くなるので省略する。

一度昼職を経験してから夜の世界に戻ってみたら、学生時代には気づかなかった夜の世界の優しさに気づくことができた。そしてその優しさが心にしみた。

 

 夜の世界には、働く人々が何かしらの事情を抱えているかもしれないという暗黙の了解がある。

 夜の世界には色んな人がいる。シングルマザーもいれば、かつての自分のように学費や生活費のために性風俗で働かざるを得ない大学生。借金を抱えた人や、メンタルヘルスが不安定でフルタイムでの就労が難しい人。整形依存やホストクラブ依存。また黒服として働く男性スタッフにも訳ありな人が少なからずいた。

 真夏でも常に長袖を着ている女の子や、左手首にいつも大きな肌色の絆創膏が貼られている女の子がいても、誰もそれについて触れない優しさがあった。

 

 性風俗で働く学生時代を経て、看護師という昼の世界の仕事に就いてから、ギャップを感じたことがある。

 私の配属された病棟には、自分の親くらいの年代の職員も何人かいた。自分の親世代の職員と休憩が一緒になったとき、「実家には帰っているの」「一人娘なのに都会に出てきて両親は心配しているんじゃないの」など家族に関する話題を振られることが度々あった。当たり前のように、「平凡な、人並みに幸せな家庭で生まれ育った」という前提で接されることに違和感を抱いた。昼の世界の人としては、新人として入職したばかりの私が職場に馴染みやすいように、共通の話題を探してくれていたのだと思う。

 しかし自分がつい最近までいた夜の世界では、目の前の人がどんな事情を抱えているのか分からない中、家族という繊細な話題に初対面で触れるなど到底考えられないことだっただけにギャップを感じた。

 

  また、夜の世界では頑張るほどに結果がついてくるのが、怖くもあり面白かった。風俗嬢の仕事は、完全歩合制で個人事業主という面が強い。

 風俗店に採用されれば誰でもある程度は稼げるというわけではなく、お店が任せてくれたお客様を自力でリピーターにしていかないと稼ぎ続けることは難しい。接客態度がいまいちだったり、太ったり激ヤセしたりして容姿が落ちたりすると新規客すらつけてもらえなくなり最終的に稼ぎはゼロになる。

 完全個人プレーの仕事で、店のルールの範囲内であれば自由に接客できるので、発達障害の自分にも比較的適性があったように思う。売上さえしっかり出していれば、店の人から細かいことは言われなかった。

 また、自分のマイナスポイントだと思っていた部分は案外プラスになった。私は耳の聞こえが人より悪く、特に男性の低音域の声は聞き取りにくい。接客中に会話を聞き取るために男性客に顔を近づけがちになり、その結果客との密着度が自然と増したり、また積極的な嬢という印象を与えたりするなど、思わぬ面でプラスになった。

 またADHDらしい性格を「ずっと一緒にいても飽きない」と気に入ってくれたり面白がったりして通ってくれる物好きな男性も一定数いた。

  頑張った分稼げるのが面白くて、店の人から評価されたくて本指名(一度入った嬢を再度指名すること)の数をもっともっと増やしたくて仕事にのめり込んでいった。

 たとえば、どんなに気持ち悪い客も最愛の人だと思って抱く。目の前の男を「愛おしい」「大好き」と念じながら見つめ触れていく。時間一杯、客に目一杯気持ちよくなっていただくことを意識する。とにかく全力でサービスをする。客から好きになってもらうために、まずは自分が客のことを好きになる努力をする。客ノートを作り、プレイの傾向や好みなどの情報を記録していき次回の接客に生かす。客の誕生日や趣味、ちょっとした雑談の内容なども書き留めて覚えるようにする。店用ブログのマメな更新、写メのアップを行い、新規客によるネット指名を増やしたりリピーターの再訪を促す。

 また、他の嬢から嫌われがちな客、たとえば不潔・臭すぎる・説教好き・終始無言・生本番強要・上から目線、など難ありで塩対応な接客をされがちな客ほど、至極丁寧に接客すればハマってくれて手堅いリピーターになってくれる傾向にあるので、一層力を入れて接客していた。周りからは商魂の強さに半ば呆れられることもあったが気にならなかった。

 私は、平凡な容貌だし中身も不器用な人間だけど、これだけ真剣にやっていたら自分のようなパッとしない嬢でもそこそこのリピーターがついた。

 わたしは自己肯定感が低い人間だけど、一度接客したお客様がリピーターとして再び指名してくれるたびに、大勢いる嬢の中からまた自分を選んでくれたのが嬉しくて、自分が認められたような気がして、その感覚は、欠如した自己肯定感を一時的にでも満たしてくれるものがあった。自分の個性や能力を活かせているという充実感もあった。

 精神科ナースをしていたころは心を擦り減らして患者さんと関わっても結果の見えないことも多く、無力感が募ったりやるせない気持ちになったりすることが多くあった。一方で、風俗の仕事は自分の心がすり減った分、誰かの心が豊かになる。そう考えると報われる思いがあった。

 

 19歳で初めてこの業界に飛び込んで、気づいたら5年。最初は心がおかしくなりそうだった。人には言えないことをされ、剥き出しになった人間の生々しい欲望に嫌悪感しかなかった。汚くて、気持ち悪くて、耐え難かった。

 しかし慣れというのは恐ろしいもので、気づいたら何も思わなくなっていた。

 経験を重ねたことによって、ちょっとやそっとじゃ傷つかなくなったし、昔よりはずっとお客さんに思いやりを持って関われるようになったと思う。あまり人に言える商売じゃないけれど今はやりがいも感じている。

 

 また、この業界に入って少し意外だったことがある。風俗嬢の女の子は優しい子が多いということだ。私はこの業界で働く前は、もっと無愛想だったり、態度の悪い人が多いのかと思ってたけど、全然そんなことなかった。特に指名ランキング上位をキープし続けている人は、人柄の良さが伝わってきたり気遣いの出来る素敵な女性ばかりだった。

性風俗で働く女性には、メンタルヘルス的な問題を抱えた人も少なくない。精神的な不安定さと、人の気持ちを敏感に推し量る繊細さは紙一重なのかもしれない。

 

 夜の世界は優しかった。

 今わたしにとって夜の世界は、数少ない居場所、いやもしかしたら唯一かもしれない居場所である。どんな人も包み込むネオン街の情緒が好きだ。

 

  しかし夜の世界には保証がない。私のかつての同級生たちは、看護師や保健師助産師として働いていて、彼女たちがいま費やしている時間は、技術や経験といった将来の貯金となっている。

 一方で保証のない夜の世界で費やす時間は、若さの浪費だ。そろそろ自分から、夜の世界に染まった人特有の崩れた雰囲気が出てきているんじゃないかと不安になることがある。いつまでも続けられる商売ではない。若さという価値がなくなっても残るものがほしい。発達障害者であっても人に言える仕事で社会の歯車となりたい。そう願いながらも現実は厳しく、今夜も私は歓楽街の雑踏に紛れている。