yu-1513の日記

24歳、軽度ADHDと聴覚処理障害。念のため記事の内容にはフェイクを入れてますが悪しからず。

北海道で相次いだ新人看護師の自殺報道が他人事と思えなかった。

新人看護師の自殺がまた起こった。昨日のYahooニュースの記事を読んでいて、やるせない気持ちでいっぱいになった。

 

今回報道された看護師になってわずか半年で命を絶った村山譲さん。2012年、過重労働による鬱病で命を絶った札幌の新人看護師の杉本綾さん。2013年にも札幌で吃音のある34歳男性看護師が、就職してわずか4ヶ月で自ら命を絶っている。 

人を救うはずの看護師が、心を壊して自らの命を絶っている。

 

一時期自殺を考えていた新人看護師として他人事と思えなかったので、今回の件について思うことを書かせてほしい。

 

 日本の自殺者は、統計では年間3万人って出ているけれど、実際の数はもっと多いと推測されている。なぜなら遺書がなければ自殺と認められず変死扱いになってしまうからだ。日本には年間15万人ほどの変死者がいる。さらに自殺未遂者は、統計上の自殺者の少なくとも10倍はいると言われている。

 

 報道されている新人看護師の自殺は実は氷山の一角で、報道されてない自殺がまだあったのではないか。自殺未遂をした看護師、まさに死にたいと思い詰めている看護師はもっといるのではないだろうか。

 

 全国の新人看護師の置かれているストレスフルな環境については、私の尊敬している依里楓さんが大変分かりやすく書いておられるのでそちらを参照していただけたらなと思う。(依里楓:新人看護師へただ1つのアドバイス - プロセスレコード http://erikaede020.hatenablog.com/entry/2016/05/18/133618

 

 私は昨年の春、看護師として社会人一年目を迎えた。精神科病院に入職し、急性期から慢性期まで幅広い病期の方が入院する閉鎖病棟に配属された。

 新卒にして精神科というマイナーな分野を選んだのは、元々の精神科分野への興味もあったけれど、正直なところ自分自身が軽度発達障害と聴覚処理障害を抱えており一般的な病棟でやっていくのは厳しいと学生時代の実習を通して感じていたからだ。

まず聴診器が使いこなせない。音の質や音の高低がよく分からない。口頭指示が飛び交う現場で、どれだけ気をつけていても聞き漏らしが出てくる。 

  閉鎖病棟ということで症状の重い人が多くドタバタした雰囲気の病棟で、毎日必死だった。何度怒鳴られたか数え切れない。健常者らに紛れて就労することに何度も限界を感じた。毎日、健常者のコスプレと白衣の天使のコスプレで息が詰まりそうだった。

 ただでさえ離職率の高い看護業界、あれだけの長い苦しい実習を乗り越えて看護師免許を取ったにも関わらず健常者ですら多くが離職していくこの業界に、障害を抱えながら日々やっとの思いでしがみついていたのだから相当な精神的ストレスを抱えていた。

 

 11月頃には気づいたら、自殺をすることが人生の選択肢の一つとして自分の中で当たり前に存在していた。

 仕事柄、自殺未遂して入院してきた人に対応したり、希死念慮を訴える患者と向き合うことは日常だった。

またそのころプライベートでも知人の自殺があった。その亡くなった知人とは一度共通の友人を交えてご飯に行ったことがある。身近な人の自殺はこれが私にとって初めてだった。

 そんな環境の中で感覚は麻痺してゆき、自ら命を絶つ、という選択肢は自分の中で特別なことではなくなっていた。

 

 そのころは死ぬとしたらどうやって死のう、と日常的に考えていた。

界面活性剤を見てはこれを吸って静脈注射したら簡単に死ねるんじゃない?と思ったり。薄手のシーツを見ては破いて紐代わりにして首締められそう、と思ったり。建物の柱を見て「ここ首吊るのに丁度よさそう」と思ったり。

 このころは少々危うくて、ふと気を抜いた瞬間に、特急電車の向かってくる線路に飛び込んでいても不思議でなかった。

 深夜の人影無い川を渡っているとき、橋の真ん中あたりで身を投げていても不思議でなかったと思う。

 我ながら当時の自分が恐ろしい。

 結局自殺しなかった理由としては、死にたさよりも、まだ生きようと思える理由の方が少しだけ勝っていたからだ。

 まだ若く健康でやり直そうと思えば間に合う。生きていたら好きな音楽も聞けるし美味しいものも食べられる。季節の移ろいを感じることもできる。会いたい人がいる。退院まで見届けたい患者がいる。もし自殺したら家族は悲しむかもしれない。

 まだ冷静に物事を考えられる余地があったのが本当に幸いだった。

 人は追い詰められると、視野が狭くなっていきコントロールがきかなくなり、辞めるとか一旦休むということが考えられなくなっていくからだ。

 

 いま、生きていて良かったと心の底から思う。ふとした瞬間に、ああ、あのときウッカリ死ななくて良かったなあとしみじみ思う。

 

 世の中の死にたいくらいに辛い状況の人に伝えたいのは、どうか死を考えるくらいなら仕事なんて辞めたらいい、ということ。その病院だけが全てじゃないし看護だけが仕事じゃない。

 死を考え出すほどに辛い仕事を辞めることは逃げじゃないと私は思う。責任感の強く真面目な人ほど、勇気を必要とする行動だと思う。心療内科にかかって鬱病の診断書をもらって休職するという手段もある。選択肢は色々ある。

 

  自分の場合、退職を決意するまでに半年以上かかってしまった。

 幸いなことに鬱症状は出てなかったけど、10代のころ患っていた過換気症候群が再燃し過呼吸状態が度々起こるようになっていた。

 このころは発達障害と聴覚処理障害と過換気症候群という三重苦を抱えながらも、やっとの思いで気力を振り絞って無遅刻無欠勤で仕事行っていた。誰か当時の自分を、現代のヘレンケラーとして表彰してほしいレベルで毎日血の滲むような労力を仕事に注いでいた。

 気づいたらストレスからタバコに手を染めるようになり、ニコチン摂取が欠かせなくなっていた。ごはんを食べるのも面倒になっていた。このままだとヤバいとようやく気づき、ついに退職希望の旨を師長に伝えた。

 

 自分の場合幸いだったのは、愚痴を吐ける相手や相談できる相手がいたこと、退職を迷っているときに「人生なんとかなるから大丈夫やって!病院辞めたら私が退職祝いしてあげるから!」と背中を強く押してくれた人がいたこと、鬱状態になってしまう前に退職という判断ができたことが大きい。

 どれかの要素が欠けていたら自分も危なかったかもしれない。だから今回の北海道の新人看護師の自殺も他人事と思えなかった。

 

 今回亡くなった新人看護師の村山譲さんは、30代後半で看護師になったという。あくまでこちらの勝手な憶測でしかないが、もしかしたら村山さんは、同期の看護師が若い女性ばかりの中で、気軽に愚痴や本音をこぼせる相手がいなかったのかもしれない。記事によると、家族にも辛いとか困っているとか話してなかったという。一人で辛さを抱え込み極限状態で死に向かってしまったのではないか。もしそうだとしたらあまりにも痛ましい。

 一昨日は第106回看護師国家試験の合格発表があった。今年も5万5000人の看護師が誕生する。どうかこれ以上、志半ばにして自ら命を絶つ看護師が出ないことを願うばかりである。

 

〈参考〉

 特定非営利活動法人自殺対策支援センターライフリンク http://www.lifelink.or.jp/hp/top.html

  「親の背中見て自分もなろうと…」新人看護師 わずか半年で自殺の“なぜ?“ 北海道釧路市北海道文化放送) - Yahoo!ニュース https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170327-00010001-hokkaibunv-hok #Yahooニュース

  ホッカイドウニュース:新人看護師が自殺 「お前はお荷物だ」労災認定されず 遺族が再審査請求 北海道釧路市

http://uhb.jp/news/?id=1446